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Sunday, August 6, 2023

祖父の無念さに思いを馳せ、「聞く文化」を追究 オトバンク上田会長 - 日経BP

河野 英太郎

アイデミー取締役COO、グロービス経営大学院客員准教授、Eight Arrows代表取締役

書籍などを音声で読み上げるオーディオブックサービスの市場が急拡大している。日本での最大手で250万人超のユーザーを抱えるのがオトバンク。最近は企業の人材育成用途での需要も高まり、100社以上と契約している。その理由は「耳からの読書」が文字を読むより速いスピードや、学習習慣の継続を実現するからだという(写真:稲垣純也)

 人事や組織の領域で現状を変え、社会課題を解決しようとする人たちに焦点を当てインタビューをする「ゲームチェンジャー」の連載。今回は、「聞く文化」の醸成を目指す、オトバンク代表取締役会長の上田渉さんにお話を伺います。少年時代に経験したご家族の無念を原点とする起業。誰がどう見ても困難、不可能と思える状況をどのように考えて過ごしてこられたのか。その背景についてお聞きしました。

急成長のオーディオブック市場

河野英太郎(以下、河野):オトバンクが提供する「audiobook.jp」はプロのナレーターや声優の方が書籍を読み上げたオーディオブックを配信するサービスです。僕は数年前に老眼になって以来、読書量が大幅に減りました。しかし今では、オーディオブックを活用して、学生時代を含めても今までに無いくらいの読書量を誇るようになりました。また、書籍の著者としても10年以上前からオーティオブックに取り入れていただくなど、多大な恩恵にあずかっています。

 まずは、サービスの概要を教えていただけますか。

上田 渉 氏(以下、上田):audiobook.jpには単品購入のほかサブスク型のプランもあり、多くのユーザーに定額で聴き放題で利用いただいています。数万点の書籍を音声化し、日本語の本を対象としたものとしては日本一のラインナップ数です。会員は現在250万人を超えています。

オトバンク代表取締役会長 上田 渉 氏

オトバンク代表取締役会長 上田 渉 氏

東京大学経済学部経営学科中退。複数NPO・IT企業の立ち上げ・運営を経て、2004年オトバンクを創業し、代表取締役に就任。出版業界の振興を目的に、オーディオブックを文化として浸透させるべく良質なコンテンツを出版各社と共に創出するため、日々奔走している。著書に『勉強革命!』(マガジンハウス)、『ノマド出張仕事術』(実業之日本社)、『20代でムダな失敗をしないための「逆転思考」』(日本経済新聞出版社)、『超効率耳勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある

河野:B2Cのサービスを中心に展開してこられましたが、最近は企業向けの人材育成サービスとしての提供にも力を入れているそうですね。

上田:リスキリングなどを目的に、社員にオーディオブックを提供する企業が急増しました。現在は100社以上が「audiobook.jp 法人版」を導入しています。

 研修動画のコンテンツと比べると、音声学習は継続学習率が高いのです。動画系の継続率は平均で20%程度、低いところだと5%程度です。一方オーディオブックは平均で58%、多いところだと8割が学習を継続するという結果が出ています。平均して本を毎週1冊読んでいるということになります。なぜこうなるのかはあとで説明したいと思います。

祖父の想いを胸に、「聞く文化」の醸成を目指す

河野:ありがとうございます。まずは、起業の背景から伺います。特にその時に解決したかった社会課題などがあれば教えてください。

上田:起業は、結構前でして、今から19年前です。

 起業の原点は、祖父が緑内障で視力を失っていったことでした。私の大学入学前に亡くなったのですが、子供のころから深く接していました。テレビの画面を見るのではなく受像器の真横にあるソファに座り、野球やニュースをずっと“聞いて”いる光景をいつも目にしていました。もともと研究者で、本が好きな人でした。書斎に入ったことがあるのですが、たくさんの本があったものの、ほこりが積もっていて長らく手に取っていない様子がわかりました。卓上には巨大な拡大鏡がありました。何とか努力して本を読みたかったのだなと、家族として寂しさを強く感じました。

 その後大学に入り、就職活動のタイミングで、自分が社会で何をしたいか考えました。そして、祖父のような思いをしている人の役に立ちたいという思いに至ったのです。

 当初はその活動を、本業としてではなく副業的にNPOでやろうと思っていました。しかし、いろいろ調べてみると、目が不自由な人向けのサービスは、実態として本来必要としている人に直接届いていないという現実が見えてきたのです。

 以前から本を朗読したカセットテープの貸し出しサービスは存在していました。しかし、自分の家族は当時、誰もその存在を知りませんでした。本人ではなく家族が情報にアクセスして「耳でも本が読めるのだ」と認識しないとダメなのです。大事なのは視覚障碍者向けのサービスではなく、「聞く文化」の存在だったのです。それを作ることが社会課題の解決につながると思いました。

 その実現のためにはNPOでは不十分だと感じ、事業で利益を得て継続させていく会社組織にすることを決めました。大学3年生での起業です。起業のための資金は借金と、エンジェルからの投資を充てました。エンジェルは大学の弁論部の先輩で『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)などの著作で知られる瀧本哲史(故人)さんです。私の想いを知り、支援者になってくれました。

 「聞く文化」を作りたいという想いを「オトバンク」という社名に込めました。当初はサウンドバンク、ボイスバンクなども候補に考えましたが、「おと」という和語が、範囲が広くていいと思ったのです。

河野:なるほど。ご家族への想いが原点にあるわけですね。「聞く文化」が定着した、と言えるのはどういう状態をイメージされていますか。

上田:いつでもだれも気軽にオーディオブックを楽しめる状態だと思っています。例えばおじいちゃんが「目が悪くなってきた」と言ったら家族がすぐにオーディオブックを使わせてあげられるような状態のことです。

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