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Sunday, November 6, 2022

「夢を描く」介護の日々 ペットは家族(7) - 河北新報オンライン

2020年3月9日に常堅寺境内でナナと記念撮影した泰彦さんのインスタグラム投稿

 前回までのあらすじ 2005年12月、岩手県一関市川崎町の主婦後藤美由紀さん、夫の泰彦さんら家族は幼くかわいい柴犬ナナに一目ぼれして、飼い始めた。だが早々にしつけに挫折し、室内飼いを断念。ナナは犬小屋生活の孤独で徐々にやさぐれた。20年2月、15歳のナナに老いが目立ち始める。予想外に始まった介護生活はトイレが大問題。ナナは度々おむつを嫌がり、破いてふんを散乱させた。

柴犬ナナと住職さん夫妻の5871日

 3月9日、美由紀さん(52)はふと気がついて、泰彦さん(59)に言った。「そうだ。きょうはレミオロメンの日よ。お父さん、『3月9日』知らないの?」。こんなささいなことに喜びが感じられるほど、心に余裕が持て始めていた。

 「流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます せわしく過ぎる日々の中に わたしとあなたで夢を描く」

 レミオロメンの名曲「3月9日」は歌う。くしくも同日、夫妻にも「夢を描く」日々が始まる。2人は要介護になったナナを1カ月ぶりに境内へと連れ出した。早春の陽光を浴び、日に日に長くなってきた午後の時間を楽しんだ。

 インスタグラムに熱心な泰彦さんがナナと一緒に写真を撮ろうと言う。美由紀さんはナナを抱き上げた。ナナは今までになく脱力して美由紀さんに体を預け、安らいだような表情を見せた。体が弱まるとともに、幼犬時代のような従順さを取り戻していた。

 「ナナって、こんなに重かったんだ。今まで気が付かなかった」。美由紀さんは10キロあるナナの重さに苦慮しながらも、ぬくもりを感じられるのがうれしくて仕方なかった。

常堅寺境内で昼寝するナナ=2021年5月

 今までは、病院で予防接種する年に1度だけ、全力でほえて暴れるナナを羽交い締めのようにして押さえつけたくらいだった。

 余韻に浸る美由紀さんをよそに、泰彦さんが「おーい、ナナ、こっち、こっち」と導き、歩行練習をしている。

 ペットも飼い主も汚物にまみれる嵐のような日々は1カ月で去っていた。

 ナナはおむつ着用にも慣れ、体を清潔に保てるようになっていた。

 生活リズムをつかんだ夫妻は介護で疲れるどころか、「家族の時間」を過ごす喜びに満たされていた。

 長女、長男が巣立ち、2人暮らしになっていた夫妻は、わが子のようないとおしさをナナに感じていた。

 ナナはサンルームに設けた囲いの中で静かに過ごした。夏の午後、西日が差す中うたた寝するナナを見守るのも幸せな瞬間だった。

 ナナはよく寝ぼけて前足をかき出すように動かした。

 「走っている夢でも見ているのね」と美由紀さんが笑う。

 泰彦さんも「何だか、赤ちゃんがいた頃に戻ったようで癒やされるよな」とほほ笑み返した。

 ナナは起きがけに頭や体を優しくなでられると、安心しきった表情になった。

 最初はトラブルの原因でしかなかったトイレの世話も、今や心通うひととき。

 食事が終わってしばらくした昼前、ナナは囲いの中で突然直立する。そしてきりっとした顔で気張るのがサインだ。

 途中で気がついた美由紀さんが「頑張れ、ナナー」とエールを送る。

 ナナが表情に穏やかさを取り戻したのを見計らい、「終わったようだぞー」と報告するのが泰彦さんの担当。

 おむつを新しくしてもらい、「きょうもしっかり頑張ったね」と夫妻に体をなでられると、ナナは「ワン」とほえた。

 あの3月9日以来、1年以上も静かな生活が夫妻とナナの心を和ませ続けた。

常堅寺境内で毛布にくるまるナナ=2021年11月

 しかし、夢から覚まされる時が訪れる。「人間より寿命が短い犬は、老いも早くやってくる」。21年7月、泰彦さんがこう実感させられる場面が訪れる。

 ナナはついに自力で立ち上がれなくなった。

 おのずと囲いは撤去。泰彦さんは、ナナの寝床を新しくする。美由紀さんがしゃがまなくても世話をしやすいようにと、座卓の上に新しくナナの寝床を設けた。シートを敷いて、ナナが頭を乗せて休むためのクッションを置いた。

 ここで予期せぬ展開が訪れる。床ずれ問題だ。

 ナナは自分で寝返りを打てないわけではなかった。でも、どうしても右後ろ足の外側付け根が床にすれた。その部分だけが次第に脱毛し、地肌があらわになった。常に痛々しく赤い状態の皮膚がさらにこすれないようにするため、美由紀さんは患部をカバーできるようにおむつを補強した。

 しばらくしのいだ12月。夫妻は所用で一泊するため、隣町に住む長女結衣さん(26)に一晩だけ介護の代役を頼んだ。結衣さんは久々に実家に戻ると、すっかり全身の筋肉が衰え、おむつ生活になったナナに老いを感じた。そして床ずれの患部にショックを受ける。翌日、娘は素朴な疑問として伝えた。

 「お母さん、こんなに痛そうなのに、どうしてナナを病院に連れて行ってあげないの?」

 ナナへの愛情にあふれる、もっともな指摘だった。

 だからといって、美由紀さんに落ち度はあったわけでもなかった。

 肌荒れ用の薬を塗り、患部の状態に気をつけていた。医師にも相談済み。「入院して完治するものでもない」と言われ、付き合い続けるしかない症状として受け入れようとしていた。

 向き合ったままの2人を横目にして、泰彦さんは思った。

 「結衣にはナナの姿がよほどショッキングだったのだろう。そして私たちも毎日ナナと過ごしているうちに、介護慣れしていたのかもしれない」

 ただ口は挟めなかった。

 夫妻とナナが「夢を描く」日々は刻一刻と終わりに近づいていた。それだけは確かだった。(年齢は当時)

 ペットとは単なる愛玩の対象か、それとも「家族」と言える存在なのか。2022年1月の臨終間際、おばあちゃん犬ナナは涙を流して、介護生活を続けた飼い主後藤夫妻に感謝した。ナナが後藤家で過ごした15年来の歩みを通じ、ペットと飼い主の関わりを紹介する。毎月ナナの日(7日)に更新する。
(一関支局・金野正之、ツイッターのアカウント名は「金野正之@河北新報『今こそノムさんの教え』『ペットは家族』の人」)

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